| 2005年8月号 | ||
| 富士山の絵を描くことが難しい理由 | ||
| 皆さんはお盆休みをどのように過ごされたでしょうか。因果なもので、美容外科医は皆さんが休みの時は、いわゆるかき入れ時で休めないのです。同じようにお正月、五月のゴ−ルデンウイ−クも休めません。でも、悪いことばかりではないのです。その時期は、いつもより東京の空がキレイな事に私は感激させられるのです。石原慎太郎東京都知事の功績によりディ−ゼル車の排ガスが規制され東京の空は30パ−セントきれいになったということです。さらにお盆、お正月、ゴ−ルデンウイ−クの連休は車が少なくなり東京の空がもっときれいになって、富士山までもがはっきり見えるようになります。 私が小学生の時、毎朝登校時富士山が見えていました。その後、日本の経済成長の時代になりまたたく間に空は汚れ、富士山は見えなくなってしまったのです。そして富士山と同じように海も濁りました。私は「素もぐり」が好きだったので海の濁りにも驚きました。前年の夏は透きとおっていた海が、次の年には濁ってしまっていたのです。東京の空はよごれ、海はにごり、再び蘇らないのではないかと落胆しましたが、環境汚染の対策が進み東京の空が再びきれいになってきたのです。富士山も再び見えるようになってきて、昔の感激を再び味わえるようになりました。ところが最近は高層マンション建築によって視界がさえぎられてしまいました。なんとも皮肉な現象です。 前置きが長くなってしまいましたが、私は富士山の姿ほど美しいものはないと思います。よく、「画家にとって富士山の絵を画くのは最もむずかしい」といわれます。それは富士山の自然の姿が最も美しいからだと思うのです。最も美しいものをそれ以上美しく画こうとすること自体無理があると思います。日本画家横山大観氏の富士山の絵と自然の富士山の姿を比べたら果たしてどちらが素晴らしいのでしょうか。大観氏の絵と知らなければきっと自然の富士山の姿に軍配を挙げる人が多いはずです。大観氏は日本の象徴として富士山に接し、富士山に正面から向かって勝負して多くの素晴らしい富士山の絵を残しました。しかし他の画家達は富士山の形を変えたり、赤富士などといって色を変えたりすることで本当の富士山との勝負を避けるというある種賢明な手法を選んだのです。しかしそのような絵は早々に飽きが来てしまうのです。 これは美容外科にも相通じる処があると思うのです。それは美しくなるために美容外科手術をする時、あるいは受ける時、究極は富士山の自然の姿が最も美しいのと同じ様に、「自然の姿になる」という事が最も美しくなる方法なのではないのでしょうか。 私は「人は年相応に年をとるのが最も自然で、最も良いことだ」と常日頃思っています。年をとることは悪いことではありません。年をとったから醜くくなったといということはありません。お年寄りには若い人が持っていない多くの経験、深遠な知恵があります。それ等を多く持っている人は年をとっても知的な美しさ、若さがあります。年をとるということは経験、知恵がより豊富になっていく事で、それが顔や容姿や身のこなしに反映されて美しく見えるのです。どこかの芸能人のように歳をとったからといってケバケバの化粧をして若く見せようとすることは、かえって不自然です。富士山の画と同じように、不自然は美しくありません。 歳をとれば皮膚もたるみ、シワもふえます。例えば、上瞼がたるんで、カブリが強くなってきます。たるみを少し持ち上げてカブリを少なくし狭い二重を作ると自然で、黒目がスッキリし目が大きく見えるようになり知的に見えます。それなのに多くの人が勘違いをして、どうせ手術をするんだから幅の広い二重を作ろうと考えます。その方が若く見えると信じている人が沢山いるのです。狭い二重と広い二重、どちらが自然に見えますか。美容外科の真髄は自然に見えることです。自然の姿が最も美しいのです。 | ||
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